

生涯をかけて・・・偉大な建築家

今年はサグラダファミリアが完成予定の年です。ただし装飾等全てが完成するにはまだまだ先の2034年だそうです。
着工は1882年(壬午年)3月、その翌年1883年(癸未年)から設計を引き継いだのが建築家アントニ・ガウディ。
今年2026年は、ガウディの死後100年にもなります。


動乱の宿命です。非常に個性的。
天殺地殺運となる「子午双包格」になります。子午の二重冲動となり、宿命自体が常にガタガタしていて安定感がありません。そしてこの場合は天干も相剋となり、年干支に対して二重の天剋地冲にもなります。また生年中殺にもなります。
細工師の家に生まれたガウディは兄弟が多く持病もあり、恵まれた環境で育ったわけではありません。それでも本人の努力で建築士の資格を取得し、バルセロナを中心に建築家として活躍しました。
天殺地殺運とは、生涯安住の地がなく上がっては落ち落ちては上がり、人生の波が非常に激しくなります。特に男性は「動乱の英雄」となり、大運天中殺で成功しやすく、成功すると寿命を縮めます。そして一つのことを全うすることはできません。
また「年支」は「社会・仕事の場所」です。中殺され二重冲動にもなれば、仕事に終わりが見えません。完成・完璧を目指せば目指すほど遠ざかっていきます。
そして亡くなったのは大運天中殺が明ける15日前。この大運と次の大運の境が人生の大きな変化時期。日干が変化させられ年運と大半会になり、別世界へと引き込まれました。甲午月・庚午日のこと。しかも路面電車に轢かれ、ガウディとは気付かれず、治療が遅れたことが原因での死でした。
日本を愛した文豪

ギリシャ生まれで英国籍・日本国籍を持つ小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は40歳の時に来日。「紀行文作家・随筆家・小説家・日本研究家・英文学者」等の肩書を持ち、日本で生涯を閉じました。
両親の離婚により大富豪の大叔母に引き取られますが、17歳の時に大叔母が破産。経済的に困窮し19歳で移民船に乗り渡米。ホームレスも経験しながら新聞記者としての才能を開花させます。日本には新聞記者として来日しましたが、日本に魅了されたのか、新聞記者としての契約を破棄し日本に留まりました。


来日は1890年(庚寅年)、「年運天中殺」での来日。「三合会局」が成立する年であり、「年干支とは大半会」となり強力な融合となります。この場合の三合会局は「南方火局」となり、庶民生活に融合していきます。
またこの時の大運は「変剋律大運」。大運・年運ともに才能を発揮しやすい環境となります。
主星が「龍高星」ということでは、どんな土地でもすぐに馴染めます。そして文章を書くということは「調舒星」の才能発揮となり、「水火の激突」は創作意欲を湧き立たせます。北天運となるこの宿命は、「調舒星」を最も稼働させます。
来日の年は「庚=調舒星」。見知らぬ土地の庶民の中に溶け込み、その土地に伝わる伝統や文化をどんどん発信していきたくなりますが、「調舒星中殺」の要素も含んだ日本での生活となります。
「調舒星中殺」でスタートさせた日本での生活は、不本意なことと背中合わせ。松江・熊本・神戸・東京と居を移し、東京大学・早稲田大学の教壇にも立ちました。日本の英語教育に尽力し、日本の文化を欧米にも紹介しました。しかし54歳の時に突然心臓発作でこの世を去ることに・・・。道半ばとなりました。
果たして満足できる作品ばかりだったのか・・・もっと書きたいことがあったのではないか・・・。