王は北に座す

「帝王たる者は北方に座し、常に南面すべし」という考え方が、今から四千年以上前の殷王朝の時代に確立されていました。

そしてこの考え方は長く後世に伝えられ、日本においても築城の技術の中に「本丸は北方、正門は南」という慣例が残されています。では何故「王たる者は北方に座し南面する」のか・・・。

 

殷の時代には「王たる者は天の意によって王につく」という考え方ができ上っていました。

「王は天の命に従い、天の神からこの地を預かっている」と考えていたのです。では「天の神」とは・・・。

 

この場合の「神」とは「自然」であり、「天」とは宇宙空間そのものではなく黄道上を通る太陽や月などの星々のことです。

この星々が南中するところ(最も輝くところ)を神の場所 としたのです。

 

そしてこの神と対座できるのは王のみ。南中するところは真上ではなく、傾斜した南方となります。王が目線を上げ対座できる場所は、北方を背にして南面する北方しかないのです。そして王に従う者たちは、王の位置より低い位置で王を見上げ、「北面し、南に座す」ことになります。

 

この「北方を王座とし、南方を臣座とする」考え方は、仏教の世界にも大いに取り入れられ、現在でも仏像や仏壇、あるいはお墓は南面できるよう北方とされています。あるいは北方以外では西方とされており、東方・南方に安置することは避けられています。